Agent Bricks性能改善ガイド:AIエージェントの司令塔「Multi-Agent Supervisor」を育てる
本ガイドでは、Databricksが提供するAIエージェント構築ツール「Agent Bricks」の中核機能であるMulti-Agent Supervisorに焦点を当て、その性能を最大限に引き出すための具体的なチューニング手法を、実際の検証結果に基づいて解説します。
目次
はじめに:Agent Bricksとは?
Agent Bricksは、Databricksが提供する、AIエージェントを簡単に作成・デプロイするためのノーコードツールです 。その目的は、一般的なAIのユースケース向けに、ドメイン固有で高品質なエージェントシステムを構築・最適化することにあります。
プログラミングの知識がなくても、直感的なインターフェースで高度なAIエージェントを構築できるのが大きな特徴です。
Agent Bricksの主要なエージェント機能
Agent Bricksは、主に以下の4つの機能を提供しており、これらを組み合わせることで複雑なタスクを自動化します。
・Information Extraction (情報抽出)
ドキュメントから特定の情報を抽出し、構造化されたJSONデータに変換する機能です。例えば、契約書から契約金額や日付を抜き出したり、製品レビューから特定の項目を抽出したりする際に使用します。
・Custom LLM (カスタムLLM)
特定のドメインやルールに特化したLLM(大規模言語モデル)を作成し、コンテンツ生成やテキスト分類、要約などのタスクを実行する機能です。今回の検証では、商品レビューのJSONデータを基に、構造化された分析レポートを生成するために使用されました。
・Knowledge Assistant (ナレッジアシスタント)
PDFやテキストファイルといった独自のドキュメントを知識源として学習し、ユーザーの質問にチャット形式で回答するAIチャットボットを作成する機能です 。RAG (Retrieval-Augmented Generation) という技術を用いており、回答と同時に根拠となった情報源を引用できるのが特徴です。
・Multi-Agent Supervisor (マルチエージェントスーパーバイザー)
本ガイドの主役です。上記で説明したような、それぞれ異なる機能を持つエージェントを統括し、ユーザーからの複雑な要求に対して最適なエージェントにタスクを振り分ける「司令塔」の役割を担います。
Supervisorの役割と連携ツール
Supervisorは、単体で動作するのではなく、専門的なツールやエージェントと連携することでその真価を発揮します。
Supervisor (Multi-Agent Supervisor) とは?
Genie SpaceやKnowledge Assistantといった、
複数のエージェントを統括し、ユーザーの質問に応じて最適なエージェントにタスクを振り分ける司令塔です 。
2025年9月現在、Supervisorが直接連携できるのはGenie SpaceとKnowledge Assistantのみです。
ユーザーからの質問の意図を解釈し、例えば「出品数が多い出品者は?」というデータベースへの問い合わせはGenie Spaceに、「10月に売れていた商品のジャンルは?」というレポート内容に関する質問はKnowledge Assistantに、といったようにタスクを自動で振り分けます。
Genie Spaceとは?
ユーザーが自然言語でデータベースと対話するための機能です。ユーザーが「レビュー数が多いブランドは?」のように自然言語で質問すると、Genie Spaceがデータベースのテーブル構造を理解し、適切なSQLクエリを自動で生成・実行します。これにより、SQLの知識がないユーザーでも、データベースに直接問い合わせるような高度なデータ分析が可能になります。
Supervisor導入の価値 (Genie Space単体との比較)
Supervisorを導入することで、Genie SpaceやKnowledge Assistantといった単体のエージェントでは対応が難しい、より複雑で高度な要求に応えられるようになります。
・Genie Spaceとの比較:分析と考察の付加価値
Genie Space単体では、クエリの実行と結果の可視化はできますが、そのデータが何を意味するのかという解釈や考察は提供されません。
一方、Supervisorを介することで、Genie Spaceから得られた生データに分析や考察を加え、ビジネスに役立つインサイトとして提示することができます。また、エラーが発生しても自律的にクエリを再試行するなど、安定性も向上します 。
・Knowledge Assistantとの比較:複数の知識源の切り替え
単体のKnowledge Assistantは、学習させた一つのナレッジソース(例:日次売上レポート群)に関する質問にしか答えることができません。
一方、Supervisorは、役割の異なる複数のKnowledge Assistantを状況に応じて使い分けることができます。
実際の検証では、「酷評レビューがあるのに全体評価が高い商品は?」という複雑な質問がありました。Supervisorは、最初に「日次売上トレンド」のアシスタントに誤って質問しましたが、得られた回答が不適切だと判断すると、自律的に「製品レビュー」のアシスタントに質問を投げ直し、最終的に的確な回答を導き出しました。
このように、Supervisorは文脈を判断して適切な知識源を切り替える能力があり、より広範で正確な回答を粘り強く見つけ出すことができます。
手法1:プロンプトエンジニアリングで分析能力を最大化する
Supervisorを単なる「タスクの振り分け役」から、ビジネスに貢献する「データアナリスト」へと進化させるための手法です。鍵は、エージェントの振る舞いを詳細に定義するプロンプトにあります。
・目的: Supervisorが生成するアウトプットの質を高め、単なる事実の羅列から、実行可能な洞察(Actionable Insights)へと昇華させること。
・具体的な方法
1. ペルソナ(役割)設定: エージェントに「Amazonマーケットプレイスの動向に精通したデータサイエンティスト兼Eコマース戦略コンサルタント」といった具体的な役割を与えます。
2. 思考プロセスの定義: ユーザーからのリクエストに対し、エージェントが従うべき思考のステップを明確に指示します。
3. 出力形式の構造化: 常にビジネスに役立つ回答を生成させるため、「結論の要約」「分析アプローチ」「詳細な分析結果と考察」「実行可能な提言」といった出力フォーマットを厳格に指定します。
・結果: この詳細なプロンプト設定により、Supervisorの応答は劇的に変化しました。例えば、「レビュー評価が高い商品の特徴」という質問に対し、改善後は「結論の要約」から始まり、具体的な「実行可能な提言」(例:「女性向けアパレル・アクセサリー市場への注力」や「ニッチ市場戦略の採用」)までを構造立てて提示できるようになりました。
手法2:「品質を向上する」機能で曖昧な指示への対応力を高める
Supervisorが人間の自然な言葉の曖昧さを理解し、ナレッジソースからより正確な情報を検索できるようにするためのチューニング手法です。
・目的: ユーザーからの「10月中旬」といった曖昧な期間指定などを正しく解釈させ、ナレッジ検索の精度を向上させること。
・課題: 当初、Supervisorに「10月中旬に売れている製品は?」と質問したところ、「中旬」という言葉を正しく解釈できず、10月6日や17日など、範囲外の日付のレポートを参照してしまう問題が発生しました。
・具体的な方法: この問題を解決するために「品質を向上する(Improve Quality)」機能を使用します。これは、エージェントの誤った応答に対して、人間が直接フィードバックを与えることで性能を改善する機能です。
1. ラベリングセッションの開始: まず、エージェントが失敗した質問を入力します。
2. フィードバックの入力: エージェントが間違えた原因を具体的に指摘します。今回は「中旬は11~20日のこと」と、言葉の定義を直接教えました。
3. 期待値(ガイドライン)の入力: 今後エージェントが従うべきルールを設定します。「指定された範囲外の日付のレポートは使わないこと」といった具体的な指示を与えました。
・結果: このフィードバックを反映させた後、再度同じ質問をすると、Supervisorは内部で生成するクエリにおいて「10月中旬」を「10月11日~20日」と正しく解釈して補足できるようになりました。
まとめと注意点
Agent BricksのMulti-Agent Supervisorは、本ガイドで紹介した2つの手法を適用することで、その能力を最大限に引き出すことができます。
1. 手法1:プロンプトエンジニアリング: エージェントの思考プロセスと出力形式を詳細に定義することで、アウトプットの質を「データ」から「洞察」へと引き上げます。
2. 手法2:「品質を向上する」機能: 曖昧な言葉の解釈など、エージェントが苦手とすることを直接的なフィードバックによって教え込み、精度を向上させます。
最後に、検証中に判明した注意点として、一度作成したエージェントのプロンプトなどを更新しようとすると「BaseAgentがないとダメだよ」というエラーが発生し、実質的にエージェントの再作成が必要になるケースがありました 。性能改善を行う際は、このような制約も念頭に置いて計画的に進めることをお勧めします。
