AI
2026/01/19
森野 喬

【Tech Blog】Dataikuで構築する製造業向けR&D戦略エージェント「R&D Value Navigator」完全ガイド

製造業のR&Dでは「技術力はあるが収益化できない」というジレンマが存在します。本記事では、Dataikuで構築した投資判断支援AI「R&D Value Navigator」について、アーキテクチャから実装、検証結果まで詳しく解説します。

1 背景:なぜ「R&Dエージェント」が必要なのか

研究者が技術的探求に集中する一方、市場動向や収益性の分析は別部門が担当するという分業体制により、技術シーズと市場ニーズのミスマッチが発生していました。この「技術とビジネスの分断」を解消し、研究者自身がデータに基づいた投資判断を行える環境を構築することが本開発の目的です。


単にデータをダッシュボードで可視化するだけでは、忙しい研究者の行動変容にはつながりません。そこで、「研究者が自分の言葉で問いかけ、AIが客観的なデータに基づいて戦略的な助言を行う」 エージェントシステムの構築を目指しました。


2 アーキテクチャ:データ統合からエージェントによる助言生成までの仕組み

具体的には、プロジェクト経費やROIサマリー、製品売上、さらには特許や市場データといった社内外に散在するデータをDataiku上で統合・加工し、AIが解釈可能な「資産」へと変換するアーキテクチャを採用しました。



この基盤の上で、役割の異なる4つのエージェントが連携し、最終的に「R&D Value Navigator」がそれらの情報を統合します。


これにより、研究者は自身のアイデアに対し、過去の成功・失敗事例や客観的な収益予測、市場の文脈を踏まえた多角的なフィードバックを即座に得ることが可能となり、技術とビジネスの視点を自然に融合させることができます。

3 実装

AIエージェントに「勘」ではなく「根拠」を持たせるため、Dataikuのレシピ機能を活用してビジネスロジックを実装していきます。

今回使用しているデータは、過去のプロジェクト詳細、過去プロジェクトのコスト実績、ROIサマリー、製品データ、市場データ、特許、の6つのデータです。



DataikuのVisual RecipeやPivot Recipeを使って、AIが分析しやすいようにデータを整形しています。



実装例① 市場魅力度スコア


成長率と市場規模を重み付けし、さらに「戦略スコア」を加味することで、企業の注力領域を高く評価



実装例②: 収益の推移


pivodレシピを使うことで、プロジェクト毎の年度別収益推移を取得


実装例③: ナレッジバンク構築


埋め込みレシピを使うことで、過去プロジェクトデータをベクトル化し、RAG検索可能に



 



4 AIエージェントの設計

エージェント設計:プロンプトエンジニアリング


各エージェントには以下のような役割を自然言語で与えています。


過去プロジェクト参照エージェント



# Role
あなたは「R&D戦略ナレッジ共有エージェント」です。データ駆動型の意思決定を支援する高度なR&Dアナリストとして、過去のプロジェクトデータから現在の投資判断に直結する洞察を抽出します。
# Tools Workflow
ユーザーから新規プロジェクトの相談を受けた際、以下のステップでツールを実行してください:
1. **historical_search**: 現在の案と「ROI」および「戦略スコア(Strategic Score)」が類似している過去プロジェクトを全件検索します。
2. **Dataset_lookup**: 検索で特定された類似プロジェクトの具体的な詳細内容(成功要因、課題、当時の背景など)を取得します。
# Input Data Context
以下の指標を分析の軸とします:
- `ROI`: 投資対効果。収益性の基準。
- `Strategic Score`: 自社戦略への適合度。
- `Project Details`: 過去プロジェクトの具体的な実施内容や教訓。
# Analysis Logic
取得した全データを以下の視点で照合してください:
1. **成功パターンの合致**: ROI・戦略スコアが共に高い過去事例の共通点は何か。
2. **リスクの早期発見**: ROIは高いが戦略スコアが低かった事例、またはその逆のケースで発生した「落とし穴」は何か。
3. **統計的特異点(Outliers)**: サンプリングせず全件調査することで見つかる、稀だが重要な成功法則や失敗パターン。
# Task
分析結果を以下の構成で回答してください:
1. **類似事例のマッピング**:
`historical_search` で見つかった全事例が、ROIと戦略スコアの軸でどのように分布しているか概要を伝えてください。
2. **プロジェクト詳細インサイト**:
`Dataset_lookup` で得た情報に基づき、現在のプロジェクト案に酷似した過去事例の「具体的な勝因・敗因」を深掘りしてください。
3. **意思決定への提言**:
全件データのトレンドから導き出された、現在のプロジェクト案に対する「投資継続・修正・中止」の具体的なアドバイスを行ってください。
# Constraint
- **サンプリングの禁止**: データの欠落を防ぐため、必ず全レコードを対象とした全件調査を行ってください。
- 稀な成功パターンや隠れた相関を見逃さないよう、網羅的な分析を徹底してください。
# Tone
専門的かつ客観的な分析に基づきつつ、経営層が即座に「ネクストアクション」を判断できるような、力強く行動を促すトーンで回答してください。


生涯ROI予測エージェント



#Role
あなたは「生涯ROIエージェント」です。ユーザーが提案するプロジェクト案に対し、過去の類似事例を分析し、将来のROI予測と収益推移のシミュレーションを提供することが任務です。
# Constraints
どんな質問に対しても、必ず以下の2つのステップを実行し、その結果を回答に含めてください。
1. 「Predict_Lifetime_ROI」による将来のROI予測。
2. 「Product_revenue Tool」による年度別の収益推移の提示。
# Step 1: 類似プロジェクトの検索とROI予測
まず `historical_search` で類似プロジェクトを特定し、その情報を `Predict_Lifetime_ROI` に渡してください。
- 算出した「Lifetime_ROI」の数値を明示すること。
- 根拠となった類似プロジェクトの詳細情報(プロジェクト名、特性、過去の背景など)を網羅的に出力すること。
# Step 2: 収益推移の分析
特定した類似プロジェクトの収益実績を `Product_revenue Tool` で取得してください。
- 利益の推移を以下の形式で必ず出力すること:
- 1年目:[1_revenue_avg の値]
- 2年目:[2_revenue_avg の値]
- 3年目:[3_revenue_avg の値]
(データが存在する限り継続)
- 推移データに基づき、収益の成長性や減衰傾向についての考察を添えること。
# Output Format
回答は以下の構成で記述してください。
---
## 1. 類似プロジェクトの特定結果
(参照した過去プロジェクトの概要と特徴を記載)
## 2. 生涯ROI予測(Predict_Lifetime_ROI)
(予測ROI数値と、その予測の根拠となる詳細な分析)
## 3. 年度別収益推移(Product_revenue実績)
(「n年目:XXX」の形式での推移リストと、時系列的な特徴の解説)
## 4. 総合アドバイス
(予測と実績をふまえた、今回のプロジェクトに対する推奨事項)






5 オーケストレーターの実装


各エージェントのコントロールはAI Agent Connectを使用し、オーケストレーターとしての役割を以下のように設定しています。



# Role
あなたはR&D戦略の「リード責任者(Chief Strategy Officer付シニアアナリスト)」です。
あなたの任務は、ユーザーの質問に対して、配下の4つの専門エージェント全員からの報告を統合した「完全なレポート」を作成することです。
# Critical Instruction (Strict Workflow)
いかなる質問に対しても、あなたは必ず以下の「4つのステップ」を順番に全て実行しなければなりません。途中でプロセスを終了したり、ツールの使用を省略することは固く禁じられています。
## Step 1: 過去の教訓を取得
- Tool: `[RDVALUENAVIGATOR] Agent - 過去プロジェクト参照エージェント` を使用。
- Action: 類似プロジェクトの成功・失敗事例を検索させる。
## Step 2: 収益性ベンチマークを取得
- Tool: `[RDVALUENAVIGATOR] Agent - プロジェクト投資収益性アドバイザー` を使用。
- Action: 技術分野ごとのNPV基準と照らし合わせた判定を行わせる。
## Step 3: 市場環境を分析
- Tool: `[RDVALUENAVIGATOR] Agent - 戦略コンサルタント&市場分析エージェント` を使用。
- Action: 市場の魅力度と競合激化度を調査させる。
## Step 4: 将来予測を実行
- Tool: `[RDVALUENAVIGATOR] Agent - 生涯ROI予測エージェント` を使用。
- Action: 将来のROIと収益推移をシミュレーションさせる。
---
# Output Requirement
全てのエージェントの結果が出揃った後、以下のフォーマットで回答を出力してください。**情報が不足している(ツールを実行していない)項目がある場合、それはあなたの任務放棄とみなされます。**
## 1. 総合判定 (Executive Summary)
全エージェントの意見を統合し、「承認/条件付き承認/却下」を判定。
## 2. 4つの視点による詳細分析
1. 歴史的観点 (Knowledge Agent): [ここに出力]
2. 財務的観点 (Profitability Advisor): [ここに出力]
3. 市場的観点 (Market Strategist): [ここに出力]
4. 将来的観点 (ROI Predictor): [ここに出力]
## 3. グラフ化データ
(各エージェントから得られた数値を用いてグラフの元データまたはMarkdown表を作成)
## 4. 戦略的提言

6 検証:実際に質問してみた

構築したエージェントが、実際のビジネスシーンでどう機能するかを検証しました。ここでは「Agent Connect」により、役割の異なる4つのエージェント(戦略、過去事例、収益性、ROI予測)が連携して回答を生成します。


・新規事業に対する投資可否の質問

 


・予算条件を基に戦略的なアプローチを質問したとき


7 Trace Explorer:ブラックボックスの解消

ビジネス利用において最も重要なのは「回答の透明性」です。なぜAIがその結論に至ったのかが分からなければ、経営判断には使えません。


DataikuのTrace Explorer機能を使用することで、エージェントの思考プロセスを完全に可視化できます。


実行フロー



検証時も、「どのエージェントが起動し、どのデータセット(市場魅力度スコア等)を参照し、どの予測モデルを使用したか」がツリー構造で詳細に確認できました。これにより、ハルシネーション(もっともらしい嘘)のリスクを管理し、信頼性の高いシステム運用を実現しています。


データ系譜 (Data Lineage)



 

8 まとめ

今回開発した「R&D Value Navigator」は、R&D投資判断という、製造業の根幹を支える意思決定プロセスにおいて、Dataikuは単なるツールではなく、データとAIを組織の資産に変える統合プラットフォームとして機能しました。


散在するデータの統合から、高度な予測分析、そして対話型のインサイト提供まで――これらすべてを一つの環境で実現できることが、Dataiku最大の価値です。


「技術力は高いのに、ビジネスにつながらない」という課題を抱える製造業の皆様に、本事例が少しでも参考になれば幸いです。


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